大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(行コ)82号 判決

東京都港区六本木七丁目七番四号

控訴人

森広充

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被控訴人

麻布税務署長

右指定代理人

小野拓美

新村雄治

中村政雄

金田晃

右当事者間の所得税更正処分賦課決定処分取消請求控訴事件について、次のとおり判決する(昭和五五年四月一五日弁論終結)。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和五三年五月一日付でした所得税更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当時者双方の事実上・法律上の陳述は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(被控訴人の主張)

一、老令年金、退職年金等の年金制度は、相互扶助による生活の安定を図ることを目的とするものであるが、その掛金は強制的に徴収されたものであるから、社会生活を維持してゆく上に必要な生活費と考えることができる。所得税の見地からは、掛金相当額だけ担税力が減殺されるので、これに課税することは問題があるとされ、当初は、掛金相当額を免税点あるいは基礎控除に含ませることによつて解決していたが、昭和二七年法律第三三〇号によつて社会保険料控除の制度が新設され、年金の掛金は当該年度の総所得金額から控除されて課税対象とならなくなつたのであるから、控訴人主張のような二重課税の問題の生じる余地はない。

二、年金を受けた段階でこれを給与所得として課税対象とする(所得税法二八条、二九条)ことは、それだけ担税力を増したことによるものであり、前段のとおり二重課税ではないのであるから、なんら違法ではないが、法は更に、給与所得控除同法二八条)を行つており、年金が物価にスライドされて年々高額となり、掛金の負担額とは実質的に対応しなくなつている点を考えると、実質上、掛金として払い込まれた額以上の額が控除されているといえる。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は、社会保険料控除があるから二重課税にならないというが、それでは、この控除の制度化以前社会保険料控除の対象とならなかつた掛金の支払分を説明しえないし、また、所得税の課税限度に達しない低収入から支払われた掛金も説明できない。また、高収入の在職中に支払われた掛金を原資の一部として給付される年金を、老令化して低所得となつた時期に課税対象とするのは、老令者を法の力で圧迫するものであり不当である。

二、被控訴人は、給与所得控除が実質的に掛金控除に相当するというが、この控除は年金の受給のない者にも適用されるから、掛金に相当する控除とはいえない。

三、つまり所得税法二八条、二九条は、私権の侵害であつて、財産権を保障した憲法二九条に違反する。

理由

当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次に付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主張するところは独自の法律上の見解であるだけでなく、かりにその主張するように、社会保険料控除や給与所得控除の制度に対して論難しうるとしても、その故に、「年金受給額の二分の一を雑損控除の対象とすべきである」との控訴人の請求原因を支える論拠とはならないのであり、もし雑損控除としてでなくとも、なんらかの形で控除すべきであるというのであれば、ひつきよう立法論の主張に帰し、いずれにせよ、採用し難い。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 倉田卓次 裁判官 井田友吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例